会社紹介

会社基本情報

創立 西曆1924年
創立者 何伝 (信誼氏)
董事長 何奕達
2019年の永豊餘投資控股股份有限公司連結営業総収入 747.6億元(台湾ドル)

創立の歴史       

1924年に創立者何伝は弟の何永と何義、そして父親の名にちなんだ「何皆来商行」を設立し、肥料・砂糖・雑穀の売買を行いました。世界大戦後の1920〜1930年に、日本人技師である八田與一が台湾で第1基となる烏山頭ダムを建設して嘉南大圳を作り、アジアで初となる水利設備が完成しました。15万ヘクタールの農地を潤し、嘉南平原は台湾で最大の穀物地帯となりました。これにより台湾の農業は飛躍的に発展し、創始者である何伝が肥料事業に身を投じるきっかけともなりました。

そして、1934年に「永豊商店」へ名称を変更しました。当時台湾で資本金500万を超える会社は5社しかなく、永豊はそのうちの1社でした。同時にこの頃、日本の「三井東圧」、「三井」と長期的な提携関係を築きました。

1945年に日本による統治時代が終わり、新政府が「以肥料換穀(肥料を穀物に変える)」という農業改革政策を実施すると、永豊石化工業の肥料経営は政府に移管されましたが、その代わりに、永豊の「福懋塑膠公司」に初めての石油化学製品(PVC)の製造許可が付与され、台湾のプラスティック産業がここに始まりました。今日の台湾プラスティックの起源は、永豊が王永慶とともに台湾塑膠公司(台湾プラスティック)を創設したことによります。

1946年に内惟工場をティッシュペーパー・光沢紙・クラフト紙の生産へとシフトチェンジさせました。ちょうどセメント袋としてのクラフト包装紙の需要があり、この方向転換は後に永豊餘が大製紙企業を創立するきっかけとなりました。

製紙をコアとして

1950年2月21日、正式に永豊餘造紙股份有限公司(以下、「永豊餘造紙」)が設立、高雄県大樹郷久堂村(現在の高雄市大樹区久堂里)に工場を建設し、台湾における民間製紙業の先駆けとなりました。

永豊餘造紙は文化用紙、工業用紙・紙器、家庭用紙の三大事業分野にまたがって原料(林業・パルプ)・製造(製紙)・加工(印刷、包装、設計)というプロセスを整備し、林・パルプ・紙・設計・印刷を垂直統合しました。そして、統合の効果を発揮し、世界トップ50の大製紙企業になりました。

時代の継続的な変化に伴い、永豊餘は着実な足取りで、製紙・科学技術・金融・バイオテクノロジー・公益教育という五大事業を発展させてきました。革新・突破・方向転換を行い、「人としての道理をもって事をなす」ことを忘れず、「忠恕(自分の良心に忠実で、他人を思いやること)」を企業管理の精神に掲げ、持続可能な企業マネジメントの規範を樹立しました。

ホールディングス化により、新たな世紀の大業がスタート

永豊餘造紙は2005、2007年に工業用紙と消耗品の事業を分割して、2012年10月に紙と紙板事業を中華紙漿股份有限公司(中華パルプ株式会社)へ分離譲渡し、「永豊餘投資控股股份有限公司」に名称を変更しました。

永豊餘投資控股份有限公司(以下、永豊投控という)は製紙を本業としながら、各事業を独立させ、その専門化を図っています。マネジメントを柔軟化し、資産と資源の活性化と効果的な経営を行っています。同時に永豊投控は産業の将来性を見据え、投資戦略とハイテクノロジー・バイオテクノロジー・エネルギーなどをはじめとした統合的な育成を行っています。

環境保護対策

永豊餘は環境保護の理念を掲げ、時代に合わせた進化を遂げています。製紙原料の領域では、バイオマスによるパルプ製造技術の研究開発に成功しました。農業廃棄物である稲わら・麦わらを酵素分解することで製紙原料を製造し、森林の伐採や二酸化炭素の排出量を大幅に削減して、従来のケミカルな製パルプによる汚染問題を解決しました。製品においては、FSC™ 認証(License Code:FSC™-C016878,FSC™-C012657, FSC™-C118028)、PEFC™国際環境保護認証を取得し、積極的にカーボンフットプリントの算定を行っています。製造工程では循環再生モデルを確実に実施し、製造過程において発生する廃棄物を削減しながら、排出した廃棄物を新たな原料や燃料として再利用しています。そして廃棄ゼロと廃棄物の資源化というエコロジーな目標に向けて邁進しています。